山麓絵画館

2月22日付東京新聞(中日新聞)記事


2月22日付東京新聞(中日新聞)記事

↓ 記事本文は下記の通りです。

『50歳プラス』 を生きる

栗原 成和(まさかず)さん(画家・63歳)

「絵筆を握って“汲々”自適」

 カラマツ林に囲まれた八ケ岳南ろくの別荘地。十一年前、五十二歳で三井物産を退職し、昨秋、横浜市旭区の自宅を売り払って夫婦二
人で移り住んだ。親たちは他界し、子どももいない。何のしがらみもなく、木の香りに包まれたアトリエで心ゆくまでキャンバスに向かう
日々。
 「いやぁ、実際はそんな格好いいもんじゃないんです。女房はいまだに嫌がっているし、ローンもまだ残っているし。悠々自適ならぬ汲々
(きゅうきゅう)自適です」
 幼いころから絵を描くのが大好きだった。三歳の時、散歩の途中で見かけた蒸気機関車を、家に帰ってから庭いっぱいに細部まで描い
てみせ両親を驚かせた。父親の仕事の都合で何度か小学校を転校したが「すごい絵を描くやつがいる」とすぐに有名になり、自信を深め
ていった。
 だが四年生の時、突然描けなくなった。引き金は担任の先生の一言。「君の絵には子どもの面白さがないね」
 以来五十年ずっと、絵とは無縁の生活。早大商学部を卒業し、三井物産に入社。社内で知り合った妻と結婚し、商社マンとして忙しい
日々を送ってきたが、「サラリーマン以外の生き方をしてみたい」と早期退職者募集に手を挙げた。
 絵と再会したきっかけは、退職に備えた社内セミナー。講師に「人生の棚卸しをするといい。子どものころ、何が好きだった?」と問われ、
頭の中にピカッと電灯がともるように"絵"が現れた。一度覚えた自転車の乗り方を体が忘れないのと同じように、絵筆を握ると幼いころの
感覚がよみがえってきた。
 だが、移住計画はトントン拍子で進んだわけではない。本当は、横浜に住み続けながら時々"隠れ家"に行く生活を夢に見ていたのだ
が、自称「商社マンでありながら金銭感覚ゼロ」が災い。現役時代、投資用ワンルームマンションをローンで購入した直後にバブルが崩
壊。始めた株は大暴落。多額の借金を抱え、自宅を売るしかなかった。
 現在の収入は年金とワンルームマンションの家賃、作品の売上金。その中から月々十万円のローンを返さねばならない。
 移住前、妻の正恵さん(62)が「友達と離れたくない」と大反対。わが子同然だった愛犬を引き合いに「ここならのびのび散歩させられる」
と説得したが、その犬も死んでしまった。正恵さんは持病の白内障が悪化、手術は受けたが一人では外出もままならない。「私は山よりビ
ルを見てる方が好きなんだけど…」と言いながらも、へそくりを引っ越しプロジェクトに差し出してくれた。
 そんな妻に頭が上がらない栗原さん。「いい絵をたくさん描いて個展も開き、画集も出したい。でもその前に、女房が田舎暮らしを心から
楽しんでくれるようになることが、今の僕の一番の望みです」
 じくじたる思いを抱きながらも、雪が降ると画材を抱えて野山に飛び出したくなる誘惑には勝てない。山が「描いて」と言っている気がし
て。

  (井上 圭子)


















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